Schatten Farbe



 ばさりと音を立てて彼のコートが床に落ちた。
 その音に、彼は小さく反応する。そんな自分が許せなかったのか、その後は何を脱がせても必死に無反応を装っていた。
 だが、その身は微かに震えている。身体を硬くして、ロイの手に預けながらも、無意識のうちに身体が逃げ出したがっている様子だ。そんな彼が愛しくもあり、痛ましくもあった。
「……灯り、……付けたままなのか?」
 小さな声音は、やはり怯えの色が見える。どんなに隠しても隠しきれないらしい。
「消す理由もないからね。君がどうしても、と言うのなら、今日だけは消しても良いが」
 耳元で囁くと、彼はびくりと大きく震えた。だが、元来負けず嫌いの子どもにはそんな自分の反応も、ロイの台詞も認められないものだったらしい。消して欲しいと懇願することはなかった。代わりに、きつくその目を閉じている。まるで開けてはならない、何も見てはならない、とでも言うように。
 そんなエドワードの顎を指で持ち上げ、ロイは身を屈めて口づけをした。彼の唇はやはり微かに震えている。もしかしたら、性的な意味で唇を重ねることすらも初めてなのかも知れない。
「女は知っているのか?」
 念のため尋ねると、エドワードは顔を背けながら投げやりに言った。
「……知らねぇよっ」
 そうだろうな、と思う。この反応では、当然ながら男も知るまい。ロイにとっては好都合だった。この身体を、誰も知れない。これから、ロイだけが知ることになる。
「では、一生私以外は知らないままで良い。……私以外を知ってはいけないよ」
 囁き、返事を待たずにもう一度唇を重ねた。今度は触れるだけのそれではなく、舌を差し入れる。予想していなかったのか、エドワードの手が咄嗟にロイを押しのけようとした。その手を掴み、そのまま身をベッドへと沈めた。
「ん、……っ、ン、っ……」 
 当然ながら、舌が絡むキスなど彼は未経験だったのだろう。絡め返すことを知らず、ただ翻弄されている。その初な様子すらも独占欲を煽った。
 そうだ。彼は自分のもの。自分だけのもの。だから、他の誰も知る必要はない。知ってはならない。
 唇を離すと、唾液が顎に伝った。呆然とした様子で、彼は薄く口を開き、呼吸を整えている。その様子はあまりにもあどけない。大人顔負けの知識を持ち、雄弁に語る彼からは想像できない姿だった。 
 呼吸が整え終わった頃を見計らい、もう一度唇を重ねた。今度はゆっくりと舌を動かし、その動きを教え込む。
 こんなところでも飲み込みが早いのか、やがてたどたどしく彼も反応を返し始めた。
「……っん、……ふ、――――ん」
 丹念に口腔を味わった後、唇を離して今度はそっと彼の身体に触れる。機械鎧の手術痕についてはどんな様子か知っていたが、間近で見るとそれ以外にも無数の傷痕が残っていた。
「傷痕が多いな」
 呟くように告げ、その傷痕を負うように舌で触れる。無茶を平気でする子どもだから、怪我をすることも多かったのだろう。
 当たり前だが、胸は平らだ。今まで愛おしんできた、まろみのある身体でもない。そこにあるのは大人になりかけた、少年の裸体でしかなかった。
「……なぁ」
 エドワードが呼びかけ、ロイは顔を上げた。その声はどこか困惑が混じっていた。
「あんた、本気なんだよな」
「この期に及んで、本気ではないとどうしたら思うのか聞きたいな。随分前から、私は君を口説いていたように思うが」
 苦笑しながら返すと、そうだよな、とエドワードは呟くように言った。
「でも、なんでオレなんだ?」
「それは難しい質問だな。私の方が聞きたいくらいだよ」
 金色の髪を指で梳きながら、そう言葉を紡いだ。実際、本当に不思議だった。
 何故。どうして。彼でなければ駄目だったのか。こんなにも、彼だけが欲しいと思うのか。その理由など、ロイは知らない。ただ、欲しいと思うばかりだ。そしてようやく、手に入る。
 理由や理屈は必要ない。おそらく、それが恋というものなのだろう。
 ならば今まで自分は恋をしていなかったことになる。彼に出逢うまで、否、出逢ってからも何人もの女に愛を囁いてきたというのに、あれは全て恋ではなかった。
「……けど、オレはあんたの恋人じゃない」
「鋼の?」
「オレは、あんたの恋人じゃない。だから、優しくする必要なんてない」
 つまり彼は優しくするな、と言いたいらしい。確かに、彼は自分の恋人ではなかった。残念ながら。
「私が優しくしたいんだ。痛みだけを与える趣味はないからね」
「別に、……痛くたってオレは構わない」
「私が構うんだよ、鋼の」
 困ったように微笑んでから、また唇を重ねた。抵抗はなかった。
 気を良くして、再び彼の肌にも舌をのせる。触れるところはいくらでもあった。
 そしてどこに触れても、触れたりない。
「ん、……あ、ぁ……っ」 
 触れていくうちに、どこが彼にとって特に感じる場所なのかも自然に分かってくる。そうなれば、より一層情熱的に愛撫を施すのは当然のことだった。
 時折、きぃ、と機械鎧が僅かに音を立てたが気にはならない。接続部分にも無論、舌を寄せた。引き攣った皮膚の後が痛々しく、生々しい。だが、醜いとは思わなかった。彼が彼である限り、全てが愛おしい。
「ゃ、……っ、ん、……っ」
 やがて声が漏れることが恥ずかしいのか、エドワードは左手で口を覆った。それを見咎め、左手を掴む。エドワードは不満そうに睨んできたが、涙目で睨まれても誘われているとしか思わない。
「声を殺す必要などないよ。私以外聞いていないし、私は君の声が聞きたい」
「悪趣味……っ!」
 唸るようにエドワードは毒づく。だが、その声すらもどこか甘いことに、彼自身は気付いているのだろうか。
 その後も丹念に愛撫を重ね、次第に肌がしっとりと汗ばんでくる。傷痕に舌を置き、場合によっては強く吸って所有印を残した。
 若いからだろう。気がつけば、直接触れてもいないのに、彼の分身は雄々しく勃ち上がっている。
「や、触ん、な……っ!」
 あやすように触れてやると、エドワードはその愛撫から逃げようとする。無論、それは無駄に終わった。悦びに濡れる部分は素直に快楽を告げてくる。今度は声を殺す代わりに、エドワードは左手で顔を隠そうとしたが、これも見咎めた。
「表情を隠してはいけないよ。君の悦ぶ表情が見たい」
「……悪趣味の上に、変態か」
「変態は酷いな。恋した人のあらゆる姿態を見たい、と思うのは自然なことだと思うがね」
 エドワードが更に毒づく前に、彼自身に愛撫を施す。それだけで彼は息を詰め、全ての動きが封じられた。
「や、……っ、んなこと、……っしなくて、い、から……っ!」
「私がしたいんだよ。私の手で快楽を感じる君が見たいからね」
「ば……っ!」
 おそらくはバカ野郎、とでも言うつもりだったのだろうが、それは言葉にならなかった。あとは艶めかしい、確かな快楽を告げる声しかエドワードの口からは零れない。それは彼本来の意志には反しているのだろうが、身体は正直だった。
「や、……もう、……っ……」
 おそらく終わりを迎える直前でその手を止めると、エドワードは何故、とでも言いたげにロイを見つめる。もう少しで終われたのに、とその視線が告げていた。
「君だけが愉しんでも意味がない」
 言いながら、自分に都合が良いようにエドワードの体制を変えた。脚を大きく開かせたその格好を彼はひどく嫌がったが、大きな抵抗はない。羞恥心を感じながらも、できる限り従順であろうとしていた。
 エドワードに触れたことで濡れた指を、彼の最も奥深い場所の入り口へと伸ばした。顔を背け、目を硬く瞑り、彼はその感触に耐えている。
「狭いな」
 あまりにも単純な感想だった。少しばかり強引に指を埋め込み、徐々に慣らしていく。時折エドワードは声を漏らしたが、やはり声は聞かせたくないらしかった。
「……っ、……ふ、ぁ……っ」
 苦しいのか、眉をひそめるが文句の言葉はなかった。ひたすらに耐えている。それが自分の役割と思っているのかも知れない。
「あ、……っ、ん、……あ、ぁ、――っ」
 それでも、時間をかければやがてエドワードの身体はロイの指を覚え、快楽の欠片を享受していく。ゆっくりとではあるがその部分も柔らかく指を受け入れ、時には締め付けた。
 頃合いを見計らい、指を抜き、そっと自身をあてがう。びくりとエドワードの身体が揺れた。覚悟をしていても、勝手に身体が逃げてしまうらしい。
「……ひっ、ぁ、あ、――……ぁ、あ、……っ」
 構わず、身体を押し進めた。慣らしても狭いものは狭い。だが、人間の身体とは臨機応変にできているらしい。どうにかエドワードの肉体はロイを受け入れることに成功していた。 
「あ、……っ、や、……ぁ、………」
 その場所は女とはまた違う悦びをロイにもたらす。狭く、熱く、そして心地良い。動く度に苦しそうにエドワードは苦しそうに声を漏らしていたが、やがてそれは色を変え始めた。
「――んぁ……っ、あ、ぁ、……っ、や、……ゃ」
 何が嫌なのか、とロイは思う。いつの間にか、エドワードの身体は完全にロイを受け入れていた。快楽に身体が揺れているのがその証拠だ。声音も苦しげなそれは失せ、代わりに甘く、艶を帯びている。表情も同じくだ。惑いの色を見せながら、明らかに彼はその行為に快楽を感じている様子だった。
 金色の瞳には涙が溜まっていた。痛みのためではなく、快楽のためだろう。潤んだ黄金は更に美しい。その表情はあまりにも淫猥で、そして蠱惑的だった。
「や、……っ、ゃ、……、ンっ、――あぁ、ぁ……!」
 理性などとうに飛んでいる。快楽を貪り、彼を貪った。見ればエドワードは硬くシーツを握りしめ、その快楽を受け入れていた。その指を外し、背中に回すように示すと、何も考えられない風情で素直に従う。彼も自分も、あとは愉悦に溺れるだけだった。
 交わり、互いが溶け合うような錯覚。たまらなく良い、と思った。後は彼の中で果てることしか考えられない。そしてそれは、直後達成された。
 思うまま、彼の内側に吐精する。それは言いようのない快感だった。
「……っ、や、ぁ、……あっ、――ン、ん……、……熱っ……っ!」
 その熱に浮かされたように、エドワードがロイの背中に爪を立てる。その痛みすら、今は心地良かった。そして痛みを感じた瞬間に、彼も果てたことが分かり、思わず笑みが浮かぶ。随分と彼は淫蕩な身体をしていたらしい。ならばもう一度くらいは平気だろう、と相手の言葉も聞かずに判断した。
「……っ、な、に……?」
 一向に自分の中から出ていこうとしないロイを、訝しそうにエドワードは見つめる。相変わらず、瞳は潤んでいた。それはロイにとって、どんな宝石よりも魅惑的な金色だ。誘っているとしか思えない。
「何、何で……、また……?」
 ロイが再び力を取り戻しつつあることに気付いたらしい。狼狽した様子でエドワードはロイを見た。
「……う、……嘘だろ……?」
「何が、嘘、なのかな」
 信じられない、とでも言いそうな彼の言葉に微笑んだ。
「もう、無理だ」
 半泣きの表情と声で彼は言う。ちらちらと動く、紅い舌が見えた。やはり、誘っているようにしか見えない。
「大丈夫だよ」
 無責任に言い放ち、もう一度ロイはエドワードを貪るために動き始める。彼の言葉とは裏腹に、繋がった部分は歓迎してロイを締め付けた。
「ゃ、……ンっ、……ぁ、あ、……ひ、ぁ……っ」
 あとは再び淫蕩な身体に溺れるだけだった。自分の闇ほどにも深い、底なしの快楽に。